2018年12月18日火曜日

わかめの日⑳


そしてイサトさんは、
「いや、まぁだからと言って、生物学的にどうとか環境的にどうとかそんな大きなことではないんですが、僕はそういった事に全然詳しくないし」と少し恥ずかしそうに付け足して言った。

でもそんなことは、イサトさんが本当に言いたいことはその絵を見ていたら分かる。

わかめ、ワカメ・・・若芽、どんな風に呼ぼうか・・・
どれだっていい、わかめを取り巻く輝く世界。薄明るい海中から手を伸ばして空まで届き、今度はその穂先がそこから天までへも引っ張り上げてくれそうにさえ見える。

それがどのように生き物として呼吸しているのか、そういったことを想像させる気がした。そしてそれを表現できるのはやはり、仕事としてわかめと長い間かかわってきた経験があるからこそなんだろうと思った。

「イサトさんはわかめが大好きなんですね」と色々思いはあったけど、上手く言えずにそれだけ言った。
「そうですね、僕は結局わかめが大好きです。」イサトさんもまた私と同じような感じで言った。

「さあ、あちらの部屋に戻りますか、まだ見せたい資料はありますよ。でも彼はもう少しこの部屋にいたほうがいいのかな」

みるとかめくんが一冊の本のようなものを手にしてそれを開いたところだった。
その中身を見てかめくんは慌てて本を閉じた。








2018年12月16日日曜日

わかめの日⑲


私はそのわかめの絵をよく観察してみた。
・大きなキャンバス
・薄いグリーンのような色調
・海の中のような感じ(何か生き物のようなものも見える。藻のようなものも)
・キャンバスの中央辺りに大きなわかめのような海藻が描かれている
・その大きなわかめは不思議な色合い。茶色のような緑色のような。わかめの細かいしわや光の当たり具合も表現されている。

私がその絵をまじまじと見ていたらイサトさんが
「本当はわかめは海の中で茶色くみえるんです。それから私たちが工場で加工するためにまず湯通しすることによって、皆さんがイメージするわかめの色つまり緑色に変わるんです。」といった。

私達がへぇと小さな感嘆の声を上げると、
「でも、絵画教室に行ってじゃあ一番身近なわかめの絵を描いてみますかと言われた時、私はわかめのことを何も想像できなかった。もちろんわかめが海の中ではどんな様子なのかは知っています。けれどそれは経験からくる職業的な知識に過ぎなかった。わかめがひとつの商品ではなく生きたものとしてどのように海にただよい、また他の生物にたいして、ひいては海全体の世界に対して、どのような影響を与えているのかなんて考えたこともなかったんです。だからきっと急に現れたわかめに対する迷いのような感情が、その中央のわかめに曖昧な色合いを与えたんでしょう。」と言った。









2018年10月28日日曜日

わかめの日⑱


「あの、さっきから気になっていたんですけど、このドアにアトリエって書いてますが、なにか制作をされているのですか?」とかめくんは言った。

見ると確かに部屋に入ってすぐ左手にドアがあり、そのドアにはatelierと書いてあるプレートが掛かっている。私は部屋に入った時にわかめの資料の事で頭がいっぱいだったから気が付かなかった。

「ああ、これは昔油絵を描いていた時があったんですよ。中を見てみますか?」
と言ったので入れてもらうことに。

中に入ると懐かしい雰囲気というのだろうか、昔の外国映画にでも出てきそうな感じ。

背の高い本棚が沢山あって、本棚の脇には一つだけ木でできたミニテーブルが置かれている。そのほか所々には描きかけのキャンバスが数点本棚に添って立てかけられている。

正面の壁には、確か外からこの家を見たときに海外の家の窓みたいだなと漠然と思った上げ下げ窓が二つ付いている。そしてその窓の光を十分に浴びている場所に大きなキャンバスが一つ、他のどのキャンバスよりも存在感を放っていた。

それを見てイサトさんは懐かしいような目で、
「ああ、これは一時期、一番熱心に描きこんでいたわかめの絵です」といった。







2018年9月30日日曜日

わかめの日⑰

9/28追記~
これからですます調の書き方をやめて、本人の日記をイメージして書いてみます。
よりメモ書きみたいになるかも・・・

わかめの日⑰

早速私はわかめの資料を見せてもらうことにした。イサトさんは「そうだったね」と手を打ち、ガラスの扉がついている本棚を開けて「これと・・・これもか・・・」と言って、
ふんふんと頷きながら本棚のファイルを探り、いくつか取り出して見せてくれた。
ワカメのアップの写真、全体を広げた写真、茹でているところと、茹で上がったワカメ。色々あって嬉しい。

私は写真を夢中で見ていたんだけど、かめくんは部屋の様々なものに興味があるみたいだった。壁に干されたワカメ、植物、本棚の本、壁の材質にまで「なんかこの壁、質感と色がいいですね」何て言っている。もしかしたら時間を持て余しそうな気分になっているのかな?すこしそわそわしているようにも見える。

イサトさんはマイペースで何も気にしていないように見えた。
ぼんやり椅子に座ってテーブルに肘をついていたかと思えば、私を見てにっこり笑ったり(やっぱり目じりのしわがいい感じ)、ふと「ああ、そうだ」といって立ち上がり、
本棚の本を取り出して立ったまま読んでいたり・・・

まぁいいや気にしないでおこう・・・と思ってもう一度わかめの資料に目をやる私。

するとかめくんが沈黙に耐えられなくなったのか、それともどうしても気になることがあるのか「あの・・・」と小さな声で言った。






2018年6月22日金曜日

わかめの日⑯



防波堤に添って15分ほど歩くとイサトさんの家にたどり着きました。

イサトさんの家は外から見ると他の家との違いといえば、まるで外国の古い家についているような小さな上げ下げ窓が付いているくらいで、あとは家の形なども普通の民家でほかとのちがいはなく、逆にその窓が少し違和感があるくらいでした。つまり全体的には、港町にある他の家々とこれといって違いはないような感じだったんですが、中に入ると温かい雰囲気の洋風の部屋で、茶色い木の床と薄いアクアブルーのような色の壁、テーブルや窓辺には植物がたくさんありました。

そして一番驚いたのは、壁に干したワカメが飾ってあったことです。
部屋全体と干しワカメに感動して、「おぉ」と思わず声を出すと、
イサトさんは壁のワカメをぱりっと割り、
「たまにこんな風に取って料理にも使いますよ。一人暮らしなんでね、料理は好きです。」と言いました。










2018年4月16日月曜日

わかめの日⑮


するとkameくんも、
「そうなんです!僕たちあの組合長さんにははっきり言って怒っていまして、書き換えられていて何だか嬉しかったんです」
といってくれたので救われた気持ちになりました。

するとイサトさんも、
「じゃあ僕が組合長さんに対する仕返しに、一役買ったというわけだな」
と言い、また朗らかに笑ったので私達も頷きながら笑いました。

それはとても素敵な時間だと思って、今がずっと続けばいいと不思議な気持ちにさせました。

そんな気持ちもあり、どこかで焦ってしまったのかもしれませんが、
まだニコニコしている二人に私は、
「あの、わかめの事を詳しく教えてくれませんか?私は彫金でアクセサリーを作っているのですが、そのモチーフにしたいのです」と言いました。

「それは、僕の会社のわかめを育てているところを見せたらいいのかな?
ただ今の時期は植え付け直後で誰も作業をしていないし、養殖縄にも小さな芽が巻き付けてあるだけなんだよ」とイサトさんは言って少し考えたあと、

「よし!じゃあ今から君たち僕の家に来るかい?家ならわかめの資料がたくさんあるよ」
と言ってくださったので、
「ありがとうございます!」と私は言って、kameくんもぺこりと頭を下げました。




わかめの日⑭


ひとしきり笑った後、
「なぜわかめの日と書き換えたんですか?」と単刀直入に聞くと、
イサトさんの顔から笑顔が消え、少しの間沈黙してから、

「自分にとって何が一番大切かを考える日」

とつぶやきました。その目はどこか遠くを見ているようでした。

私達がきょとんとしていると、イサトさんはふと我に返り、
「そう掲示板には最初書いてあったんですよ。僕は昔からそういう難しいことを言われると、何かしら反発心がむくむくと湧き上がってくるようなひねくれた人間なんです」

と少し笑ってそういいながら、足元の空間に持っていた乾燥ワカメで、くねくねと八の字を描いていました。

そうしてからその作業もやめ、今度はまっすぐ私たちの方を交互に見てから、
「すまなかったね。何か君たちに迷惑をかけてしまったんじゃないだろうか?」
といったので、私のほうこそ嫌なことを忘れるためにただ楽しんでいただけなのかなと申し訳ない気持ちになり、
「いいえ、とんでもないです!」と言いました。






2018年4月10日火曜日

わかめの日⑬


その男の人は、加工品店の店長さんの言う通りの人だった。

・初老で頭が少し白髪交じり
・背がひょろりと高い
・笑うと目じりにしわがよってとても良い笑顔
・そして何より独特の雰囲気(言葉には表現しづらいのだけど、良い意味で子供のまま大人になったような、マイペースそうな・・・飄々としている?とにかく独特の空気を醸し
出しています)

私はこの人に間違いないと思ったので、店長さんから預かった小さなメモをその人に渡しました。

そして簡単な自己紹介をし、事のいきさつを話しました。
男の人はメモを読むと、あとは私たちの話を静かに聞いていました。

男の人は僕の名前はイサトですと言い、その大きな手で私たちと握手をすると、
小さなメモをズボンのポケットにしまいながら、にやりとわらって
「それで刑事さんたちは、『わかめの日』と掲示板に書き換えた犯人は私だと言いに来たのかい?」
と言ったので私は思わず笑ってしまい、後は三人で大笑いしました。






わかめの日⑫


勇気を振り絞ってその男の人にかけた第一声が、
「私達はポプラ通りから来たものです。」という言葉でした。

ポプラ通りとは、私たちの店「MILUZDROP」がある山の中腹に作られた商店街の名前です。

とはいっても、商店街の街路樹にはポプラは所々しか植えられておらず、ポプラはそうたくさんありませんが、商店街の裏手にはポプラ並木があり、さらにその道を進んでいくと森の中のけもの道となって、やがて山の頂上に到着します。

さすがに山の頂上は商店街からは見えませんが、ポプラ並木は十分な迫力を持って商店街を見下ろしているかのように見ることが出来ます。

そして初夏になるとポプラの綿毛がたくさん商店街にも飛んできて、
まるで初夏に雪が降っているかのような見事な景色が見られます。

また、そのことについては書きたいことがあるので別の機会に書かせてもらいます。

話がそれましたが、その人は私たちの突然の自己紹介にも動じることなく、
「ポプラ通り?・・・ああ、あの山の中腹の!」と言って、
目じりにしわを寄せ、にっこりと笑ってくれたので私は少しほっとしました。







2018年1月28日日曜日

わかめの日⑪


海岸へ無事にたどり着くと、今度は「どうしようか?わかめでも探す?」
などと二人で話しながらテトラポットの間などを探しましたが、
フジツボやフナ虫がいるだけでした。

途方に暮れていると、海岸の向こうの方から、太陽の逆光を浴びて人影がみえてきました。

顔ははっきり見えなかったのだけど、背が高く左手に小さなビニール袋のようなものをさげ、右手にはなぜか大きな乾燥ワカメを持っていたのです。

私達は顔を見合わせて、
「あの人だよね!絶対あの人だ!」
と言いあいました。

「あのう、すみません」とおそるおそる私たちが声をかけると、
ゆっくりとその人は私たちに近づいてきました。




2018年1月19日金曜日

わかめの日⑩


防波堤まで着くと、周りは今までの住宅街とは違っていて古い集会所のようなものがあり(集会所の立て札には港町集会所と書いてあった)、古い民家のような家々が点在し
どうやら港町の入り口に来たようでした。

ここから防波堤に添って右のほうを遠くまで眺めると、民家のほかに古くからある小さな工場などもいくつか見えて小さいながらも人々が集まり、しっかりとコミュニティーを築いてきたんだなと感じます。

kameくんがふと思いついたかのように
「ねえ、結局この社長さんに会うにはこの海岸に行くといいって言われてきたけど、その社長さんの会社名どころか名前も聞いてないってよく考えたらすごいね」
と言ったので、私も可笑しくなってきて二人で笑ってしまいました。

気を取り直して背の高い防波堤に立てかけられた錆びた青い梯子を上ると、反対の砂浜側はコンクリートのしっかりした階段があったので、少しほっとして降りることが出来ました。