2022年9月20日火曜日

洞窟エントランスのオブジェ④

 間もなくふもとの停留所にバスは着き、私たちは歩き出した。
何となく二人で会話をしたけれど、お互い歩くことに集中していた。

鋪装されていないぼこぼこした道を歩いていたが、やがて草が生い茂った低い丘のような場所にたどり着いた。この丘を越えると、例の開発途中のショッピングモールにつくらしい。

生い茂った草は、想像していた背の高い葦とまではいかないが、ごうごうと風になびいていて如何にも冒険の始まりといったイメージ通りだった。

丘の一番高いところに行くと港町と海が一望できた。
さすがに私も何か言いたくなって、
「冒険の道のりって感じですね」といったら、
「ええ、しかもすごい風ですね」と長い髪を草と同じくらいに風になびかせたホソミさんが言った。

「髪、縛ってくればよかったです。家では一つにまとめていたので、なんだか開放したくて」
と言いながら困ったように遠くの海を眺めていたが、私には髪の長い勇者が勇ましく立っているようにみえた。








2022年9月2日金曜日

洞窟エントランスのオブジェ③

とても楽しみしていますとホソミさんにメールをすると、すぐに返事が来た。
「実は白状しますと、もう昨日からサンドイッチを仕込み始めて作ってしまったのです。
だから今日の昼行きませんか?良ければそちらに向かいます」
私はニヤッと笑って「嬉しいです」とすぐにメールを返した。

すぐに大きなカゴ製のランチボックスを持ったホソミさんがやってきた。
トンっとカウンターに置いたランチボックスを見ていたら、
「これ、竹製、気に入って買っちゃいました」といったので、存在感がありますねと答えた。
そして私たちは、洞窟エントランスに向かうために山を降りるバスに乗ることにした。

店の前の通りを海側に向かって歩き、そこからカーブするように少し山を下ると、すぐにバス停にたどり着きすんなりバスが来たので、私たちはそれに乗った。

「バスに乗るのは少しズルしてるような気がしますね」
ふふふと笑いながら、二つ並んだシートの奥に座ったホソミさんが言った。ホソミさんはランチボックスを大切そうに膝の上にのせていた。
「そうですか?でもこのバスは山のふもとまでだからそこからまだ歩くのでしょう?」
と私は聞いた。
「ええ、でも何となく自分で名付けておきながら洞窟エントランス、そこに向かうって何だか冒険者って感じしません?」
「あ、冒険ですか?」その発想はなかったと思い、私も目を輝かせた。
「最近ハマってるんですよねそういうゲーム、少し古い攻略本が店に入ってきたりして
そこまで言うとホソミさんは本格的にくくくっと面白そうに笑った。

ホソミさんの笑い声を聞きながら私も想像を膨らませた。
洞窟に向かうために背の高い葦の草原を渡ってゆく、やがてたどり着く洞窟の入り口。
そして戦う前のひと休憩、そんな感じだろうか?

がたっとバスが揺れて、ふとシートの隣に座ったホソミさんに目をやると、もう笑うのをやめて真剣に窓の外を見つめていた。


2022年8月15日月曜日

洞窟エントランスのオブジェ②

メールの内容はこうだった。

「廃盤になっていた例のサンドイッチの本がやっと入りましたよ!さっそく何か作ってみます。そして前に言っていたあの洞窟エントランスで食べましょう。」

これを知らない人が読んだら、全く意味が分からないメールだろう。少し説明を加えると、

「例のサンドイッチの本」というのは、かなり昔、今から約40年くらい前に発行された分厚い本だ。その内容は、中世から現代まで、ヨーロッパのみならず全国さまざまな著作物に掲載されている料理を見逃さずに分析し、物語に一瞬登場するものでも、それをサンドイッチと認定しようものなら細かく分析し、オリジナルでレシピとして掲載するというものだ。


その本がなぜ廃盤になったのかは、ホソミさんも詳しくは分からないと言う。こんなにマニアックで興味深い本なのに、人気が出なかったのか、それとも著作権の問題に引っかかったのか、今となっては詳しいことは分からないという話だ。


とにかくその本が、ホソミさんのお気に入りで、以前からその本についての話を聞かされていた。これが「例のサンドイッチの本」の説明


続いて、「洞窟エントランス」の説明だが、私たちの店がある商店街の小高い山を下り、さらに海の方へ進むと、やがて港町にたどり着く。そこに至るまでの多くの土地はまだ開発途中で、広がる平地に小さなスーパーがぽつぽつと点在している。だが、ある平地が少し盛り上がり、丘のようになった場所に、建物だけは出来上がったが、中が未完成の巨大なショッピングモールが異様な雰囲気を放ちながらドンと大きくそびえ立っている。その様子は、まるで暗い要塞のようにも見える。

なんでもそこは開発の段階で経営者同士がもめたらしく、何年も立ったままで放置されているいわくつきの場所なのらしい。


私は行ったことはないのだが、ホソミさんが一度訪れた際、薄暗い入り口があり、まるで洞窟の入り口のように見えたと言う。その後、中に進み、細い道を通ると、やがて吹き抜けの広い場所にたどり着く。そこから見えるのは、未だ開店に至っていないすべての店の薄暗い入り口が、ぐるりと取り囲む光景だ。まるで分岐した洞窟の入り口のようにも見えるため、ホソミさん曰く、洞窟エントランスなのだそうだ。


実際、店には入れないが、そのエントランスは解放されており、誰でも入ることができる。ただ、各店は開発が止まってしまったため、内装も外装も未完成で危険なので、近づくのは禁止されている。しかし、大きなショッピングモールのエントランスを含むその建物自体はできあがっており、そこは安全だと言う。ただし、解放されているのはそのエントランス部分だけで、その他の場所にはブルーシートが貼られ、入ってはいけない場所にはロープが張られている。


そのエントランスが解放されている理由は、市民との折り合いのためだという。もともと景観を壊す大きな建物を建設するにあたって、市民の反対の声が多かった。そこで、樹木や花で彩られた美しいその場所を、イベントや憩いの場として開放することで反対の声を抑え、少しでも市民の抵抗を和らげようとした。経営陣も内輪もめで忙しいのに、市民の抵抗まで加わるのは大変だと考えたのだろう。








2022年8月14日日曜日

洞窟エントランスのオブジェ①

「リリリリリリン♪」

miluzdopの店内にあるパソコンから、軽やかな音でメールのお知らせベルが鳴った。

この独特のタイミング、絶対ホソミさんだと思いメールを開くと、やっぱりそうだった。


ホソミさんはこのポプラ通りにある古本屋の奥さんで、ちなみにホソミは名前ではなく苗字なのだが、私はもうこれを奥さんの名前のように捉えて使ってしまっている。夫婦で営む古本屋は、私たちの店と同じ通り沿いにあるものの、海の見える側とは反対の最端に位置しており、miluzdopとは少し距離がある。


ホソミさん夫婦がこの通りに店を構えたのは今から2年ほど前で、私たちより少し後だった。その際に挨拶に来られた時、ホソミさんが店のドアを開けて入ってこられた様子が、なぜか深く印象に残っている。

伺うようにゆっくりと顔を出し、そして滑らかに開ける仕草。その様子がどこか襖を開ける姿を連想させたのだ。


ホソミさんのたまに見せてくれる笑顔はとっても良い。人に安心感を与える笑顔だと思う。それからホソミさんはとってもマイペースだ。マイペースなのに人に気を遣う。そのギャップが私のホソミさんに対するおおまかな印象だ。


店に来る前には必ず「これから伺います」といった連絡のメールをくれる。頻繁に来るわけではないが、来店時には日常のたわいない話や古本にまつわる話を聞かせてくれるのがいつもの流れだ。

そしていつも後から「迷惑じゃなかったかな?と困ったような笑顔で聞いてくる。それがなんともホソミさんらしい。


私は「全然」と笑顔で首を振り、ホソミさんはふんふんと納得した様子を見せる。この小さなやりとりが、なんだか私には心地よいルーティンとなっているのだ。もちろん、ホソミさんからのメールも含めて。


2022年4月9日土曜日

初夏の雪まつりあとがき

 このお話は、最後の写真のリビアングラスの指輪を作った時に思いつきました。
お話の中のぴーちゃんは、そのままではないけれど、軸となるモデルの人物が実際にいます。私にとってずっと心の中にいる大好きな人です。

本当に私にとって、お兄さんのようなお姉さんのようなお母さんのような人なので、
そのあたり話の中でわーちゃんと同調させていて、だからぴーちゃんを『ぴーちゃん』と書いたり『彼』と書いたりしたのです。

お兄さんのようなお姉さんのようなお母さんのような彼、でもその人はその人。
これは全く私の見解と視点そのものです。

でも、もしかしたら私の知らない(あるいは知っているかもしれない)誰かにとっては、
彼女かもしれないし、もしかしたらもっと言葉では表せないくらい大切な存在なんだと思います。

もう今は理由があって会えないのだけど、もっと頻繁に会って話したかったなあと思う人です。
優しく私に語り掛けてくれる感じが忘れられません。

このデザインの作品は作っているとわくわくした楽しい気持ちになるので、今後も作ろうと思います。






初夏の雪まつり④

 「今年は特に多いわね雪が!」ぴーちゃんはすたすたと私たちのところまで歩いてくると、
ガラスのカウンターの上に、雪がたくさん詰まったビニール袋を置いた。

「ほら、ね、捨てられる運命だけど綺麗」
「ぴーちゃん今朝来たの?」私が聞くと、
「そうよそれでさっそく掃除よ、やあね。ま、当番だからしょうがないけどさ」と少し不機嫌なふりをしていたけれど、楽しい気分を隠せないのだ。

「そういえば、今年は何か作ったの?私あんたたちの作品好きよ」
「え、僕のも?」と意外そうな顔でかめくんが言うので、
「そうよ、あたりまえじゃないの 削った石も立派な作品だわよ」
と照れ臭そうにぶっきらぼうになっていった。そして気持ちを取り直すかのように、
「それにしてもあんたはいつもマイペースね、寝癖が立ってるわよ」
と、かめ君の寝癖を指で弾いた。

「では、ぴーちゃんがきたので、今年の雪まつりの作品を発表します」
さっきかめくんから、お祭りにちなんだ作品の事を聞かれた時に後でといったのは、
まさしくこのぴーちゃんが、今年も店にきたタイミングでということだったのだ。
(ぴーちゃんは、ポプラ通りに来るといつも一番に勢いよくこの店のドアを開け、私たちに顔を見せに来てくれる。

そして少し大げさに言ったのは、今年の作品は、かめくんと二人で作った作品の中でも、特に気に入ったからだ。

タイトルはそのまま、『初夏の雪まつり』リビアングラスの指輪だ。
まるでスノードームのように山高に削ってもらったクリストバライト入りのルースは、
やわらかい雪が舞っているようにも見えて、初夏の雪そっくりだ。
そして指輪の覆輪部分は町やポプラの木のデザインを施してみた。
今後同じデザインのペンダントなども作っていこうと思っている。

「うん、いいじゃない私も好きよ」
ぴーちゃんは、まるで私の気持ちが分かっているかのように言った。
実際、ぴーちゃんには私の気持ちがいつもばれてしまうのだ。

「そうだ、向かいの加工品店の隣のケーキ屋さん、白くてふわふわした美味しそうなケーキをつくっていたわよ、後で食べに行かない?」

朝の陽射しのようなキラキラしたぴーちゃんとの時間が、この初夏の雪とともに今年も舞い降りてきたのだ。


~おわり~
















2022年4月8日金曜日

初夏の雪まつり③

 「また、あんたたちはぼんやりして!」ぴーちゃんは言った。
ぴーちゃんについて何から話そう。
すぐにでてこない、なんて言ったらいいのかわからない。

そういうことってないだろうか?好きな人、大切な人。1年たっても、いやきっといつまでもずっと心の中にある人。そういう人は簡単に説明できない。間違って説明してしまわないだろうか、そんな不安もある。きっとずっと大切な人。

ありきたりかもしれない言い方をするならば、私にとって優しいお兄さんのようであり、
時にはお姉さんのようでもあり、お母さんのように気にかけてくれる人だ。

ぴーちゃんに対して誰かが何かを言ったとか、そういう出来事で彼を説明しようとも思ったが、それは必要のないことだと思った。
なぜなら私にとってぴーちゃんは、ぴーちゃんでしかないからだ。

だからここでは具体的なぴーちゃん自身の説明をしようとおもう。

ぴーちゃんはこのポプラ通りにある唯一の美容室「Beyonce(ビヨンセ)」をたった一人で経営する美容師だ。
私とかめくんの二人が、この通りに店を開業する前からビヨンセはあった。
初めて私たちが挨拶しにビヨンセに向かったとき、私たち二人は店の前で看板を見上げて立ち止まった。

綺麗なペールグリーンの店の壁によく合った茶色のピカピカした看板に『Beyonce』と、あまりにもデフォルメされた、くねくねした文字で描かれていたので、私たちはそれを読めず「ピヨンス?ペイオンス?」などと言い合い、最終的にピースだろうと落ち着いた。

挨拶して私たちが名前を言った時、ぴーちゃんは自分に名前は無いと言った。

「私の名前は過去に置いてきたわ、だからそうね店名で読んで頂戴、それが私の名前よ」
と言ったので私は、
「ピースさん・・・ですか、少し呼びづらいので、ぴーちゃんって呼んでもいいですか?」
と聞いたら、ぴーちゃんは目を丸くしたので、また私の夢中になると周りが見えなくなる悪い癖が出たと思い(それほど何故かぴーちゃんと仲良くなりたくなったのだ)、
「あ、すみません馴れ馴れしくて、ぴーちゃんさん・・・?」といったら、
ぴーちゃんはくくくっとこみ上げるように笑い
「もうなんでもいいわよ」といった。

ぴーちゃんはビヨンセに一年中はいない。正しく言うとこのポプラ通りに2か月半しかいないのだ。

毎年初夏の雪まつりの季節が始まると、このポプラ通りのビヨンセにやってきて店を開ける。そして山から見える空がさらに高くなり秋の気配が近づいたころ、山を下りてどこかに帰ってしまうのだ。

ぴーちゃんが言うには、それがこの店の稼ぎ時が終わる合図らしい。
どこに帰るのか聞いても、決してぴーちゃんは教えてくれない。
「私がどこに帰るかなんて、私にとってもあなたたちにとっても良い事なんてひとつもない。それに私はいつもここに帰ってきているのよ」と私の頭をぽんぽんっとしながら言ったので私はそれ以上は聞かないことにしたのだ。





2022年4月6日水曜日

初夏の雪まつり②

 私とかめくんは朝の光が降り注ぐ店内で、ガラス越しの外の景色に目をやりながら
「みんな忙しそうだねえ」とか「あ、歩道に雪が舞っている」などとぼんやり言っていた。
二人ともまだ十分に目が覚めていないのである。

なぜ私たちが掃除に参加していないかというと、この時期の雪掃除があまりにも忙しすぎて商店街のみんなでスケジュールを決めて当番制にしたのである。つまり今日、私たちは朝の掃除を休んでいい日なのである。もちろんお昼を過ぎたころになると、当番関係なく自分の店回りはこまめに掃除しているけれど。

「わーちゃん、お祭りにちなんだ作品できた?」
「うん、昨日遅くに出来上がったよ、また後で見せるね」と私は言った。この、(後で)というのは訳があるのだ。それは後で説明する。

とにかく私たちは、まるで外の世界と店の中の時間の進み方が違うかのように過ごしていると、カラン!と軽やかな音を立てて、ガラスのドアに取り付けられたドアベルが鳴った。
「ぴーちゃん!」私とかめくんは同時に叫んだ。一年弱の再開の喜びと、懐かしさをもってである。

初夏の雪が詰まったビニールの袋を肩にかけて持ち、ドアを勢いよく開けたぴーちゃんという私たちの親友は、店内と外の時間を一瞬で繋げたのだった。







2022年4月5日火曜日

初夏の雪まつり①

 miluzdropがある山の中腹の商店街、その名もポプラ通りに、初夏の雪まつりのイベントが始まった。

例えば山を下りて港町の人々に「初夏の雪まつり・・・」と話し始めたとすると、
「初夏の雪まつり?何ですかそれは?」と大体が説明を求められるのである。
つまりそのくらいローカルなお祭りなのである。

けれど商店街の人々にとっては大忙しの一大イベントで、いつもより通りは賑やかになる。
一週間は続くこのお祭り、今年は日曜日から始まった。

日曜日の朝、私はかめくんと一緒にガラスのドアから見える商店街の外の景色をぼんやり眺めていた。外の陽射しはこの6月に入ってから一番の暑さと明るさだった。
開店前にみんなは店から出てあっちこっちに忙しそうにしていた。

ここで、初夏の雪まつりとは何なのかを説明しておこうと思う。
ポプラ通りにはその名の通り、商店街の歩道や、山の中腹に作られたその商店街の裏山に
たくさんのポプラの木が植樹されている。商店街のポプラは等間隔に数えられるほど植えられているだけだが、裏山にはたくさんのポプラがひしめくように植えられている。

裏山と言っても山の中腹の切り開かれた部分、つまり商店街が作られた部分の少し広くスペースが取られた部分が店の裏側にあり、そこはあまりまだ舗装されていないため切り開かれた地面がそのままで、そのスペースを囲むようにポプラがたくさん植えられているのである。そこを商店街で働くみんなは裏山と呼んでいる。(実際は切り開かれ、斜面ではないのだがそう呼んでいる)

この部分は後々公共の広場のようなところを作る予定とのことである。そのため各店と裏山の部分にはプライベートを確保するため、背の高い壁で区切られている。

初夏の雪とは実は雪ではなく、そのポプラの綿毛の事なのである。毎年この初夏の季節になると、商店街にたくさん雪のように降ってくる。店の人たちは、この雪が一番降り注ぐ季節に毎朝歩道の掃除をするのだが、この辛い毎年のイベントを何か楽しいことにしないかと誰かが言い始めたのが、この初夏の雪まつりの始まりなのである。

毎年この季節になると歩道に大小様々な店ごとのツリー(まるでクリスマスのような)が飾られ、各店はこのイベントにちなんだ商品を販売するのである。




2022年1月22日土曜日

空のルアーあとがき

 
この話はもともと私が釣りが好きで、挿し絵の部分に載せた写真のルアーを制作した時に思いついた話です。きっかけは釣りで思いつきましたが、結局私はこの話で『何かの最後』というものを書いてみたかったんだと思います。

何かの最後とは後から思い出して、あの人と会うのはあれが最後だったなとか、あそこに行ったのはあれが最後かなみたいな、何でもいいんですがとにかく最後というものです。卒業式とかもそんな感じです。学校を卒業してしまえばあれほど通った登下校の道もほぼ通ることもなくなる・・・みたいな。あたりまえのことなんだけど後から思い出すみたいな。

そんな当たり前の最後にも、当たり前じゃない時もあって、私がこの話で書きたかった悲しい最後とか(ちゃんと書けているか疑問ですが)、もしくは逆にこれが私にとっては一番悲しいですが、最後なのに妙に楽しかったなとか、とにかく明るい感じの最後もあるような気がします。

とにかく私は最後というのがとても気になるから書きました。

話の中で出てくる釣りのマナーでいえば、この「彼」がルアーを投げるという行為が一番海と魚を傷つける行為だと私は思います。それでも書きたかった。彼がルアーを海に投げるところがとても鮮明に頭に浮かんできて、そこが一番重要なポイントな気がします。そこから彼は何かが終わり始まる気がします。・・・うーんうまく言えない。とにかくそんな感じです。

こんなメモ書きみたいな下手な文章をもし読んでくださっている方がいるとしたら、本当にありがとうございます。






2022年1月20日木曜日

空のルアー⑧

 「そんな年のある日、わしは何故かルアー釣りでどうしても魚を釣ってみたくなった。
わしはエサ釣り以外は釣れたことがなかったから、彼がルアーでどんなに大きな魚を横で釣りあげていたとしても、それをただすごいなあと称賛しながら見ているだけだった。
今思うと不思議なんだが、彼もそんなわしに無理やりルアー釣りを勧めることはいっさいしなかった。

だから彼にルアー釣りを教えてもらおうと思ったんだな。ただ最近彼は特に疲れてそうだったから、近場の磯に行ってみないかと珍しく自分から誘ってみたんだよ。
いつもは彼が事前に釣り場を決めていたんだけどね。それで彼がじゃああそこに行こうって近場の少し高い崖になっているような磯場に決めたんだ。今回は子供は連れて行かないで二人で行こうって。」
少しおじいさんは目を細めて、なぜだか苦しそうな表情をしていた。

「そうして、そこに到着してからかなり長い時間粘ったんだけど全然釣れない。彼は一生懸命その都度わしにアドバイスしながら、自分の釣りにも苦戦していた。彼もルアーをあれこれ付け替えたりしているんだけど、いつものような・・・なんて言ったらいいのか。
的確に判断している自信のようなものを感じなかった。ルアーケースに並んだ偽物の魚を前に手はうろうろと迷っていた。なぜだか少し手が震えているようにも感じたくらいだ。

「それで・・・僕は、あの時、明らかにいつもと違う彼になんて声をかけたのかな?思い出せない。何も声をかけなかったのかもしれない。」

(このときおじいさんはなぜか自分の事を『わし』ではなく、『僕』といった)少しの沈黙の後、おじいさんはふうっとため息をつきまた話し始めた。

「とにかくその時、彼はまるでわしの存在など気にしていない、見えていないかのようにいらいらとした動作で何もつれない釣り竿のリールを素早く巻き上げ、ついていたルアーを引きちぎるかのように外したかと思うと『くそ!』と大きな声で言いながら海に向かってそのルアーを投げ捨てたんだ。
うん、投げ捨てた。たぶんその表現が正しいと思うが、その時のわしにはそれが海というより空に向かって逃げていく魚のように見えたんだ」

そう言った時のおじいさんの首の傾げ具合、たよりなく自分の釣り竿をなぜる感じから、
私にはその時のおじいさんの心境がありありと伝わってくるように感じた。

「それでわしは見計らったつもりのタイミングで、少し休もう。そうしたらまた・・・
といいかけたら、彼がこちらを向き一言『釣れない』といった。
わしは驚いて少し沈黙したんだが、気を取り直して、いや、君ほどの人ならいくらでもまた釣れるさ。といったんだ。それはただ慰めで言ったのではなくて、本当にそう思っていたからだ。」

沈黙の中、ふと横を見るとかめくんがまるで時間が止まったかのようにおじいさんを見つめていた。

「彼は目をつむっていて、わしの言葉を聞きながらよく考えているようだった。それからゆっくりとした口調で、僕はあなたが思っているような人間ではない。よくあなたはすごいといってくれるが、普段の僕は失敗するのが怖くてただ必死になっているだけだ。といった。
わしはそれで結果が残せるのならすごいではないかと思ったが、今は何も言わないほうが良いと考えて黙っていた。彼は続けて、それでいて僕は人の気持ちがわからない冷たい人間なんだ。と言った。初めて僕と出会った日の事を覚えているかと。
もちろん僕は覚えているといった。彼は干からびた魚を悲しそうに見つめる僕をすごく興味深いと思うと同時に、うらやましいと思ったと言った。なぜうらやましいのかはわからない、その気持ちを分析し完全に理解できるようならきっとうらやましいとは感じない。たぶん自分にないものだと思ったからだ。そして彼は尚もこういった。おじさんは僕に頼りすぎる、おじさんはとてもユニークな人なんだ、だから僕に頼らないほうがきっと『すごい』ことができる。僕はもう釣りをしない。」

彼の言ったことがショックで私は思わず、え?と言ってしまった。おじいさんはうつむいたままで寂しそうに微笑んだ

「そのまま彼は帰ってしまって、それきり会っていないんだな。後から彼の叔父に彼はいま海外に行って仕事をしていると何となくきいたけれども、釣りはしていないんじゃないかということらしい。どうも彼が今いるところには釣りができるような場所はないらしい。まあはっきりとしたことはその彼の叔父もわからないらしい。わしもあれから今まで釣りに行くことはなかったんだが先日息子が父さん久しぶりに釣りに行こうよ、ってこの竿をプレゼントしてくれてな。ま、だからいいところを見せたいじゃないか」とおじいさんは暗い空気を吹き飛ばすかのようにわっはっはとまるで絵に描いたように笑った。

かめくんも少しぎこちなく笑いながら、
「なるほど、しかしなぜこんな山の上に?釣りなら海に行くのではないですか?」となかなか鋭いことを聞いた。

するとおじいさんはまってましたと笑いながら、
「いやあ、わしもこの10何年考えてしまってね。ユニークって何なのさってね、おお、じゃあ何かい、できるだけ高い場所に登って空にルアーを投げたろかい!ってね」といったので今度は3人で本当に大笑いした。

やがておじいさんは真剣な顔で
「いやしかし本当にこの山に登ってくる途中で、海の見えるベンチの休憩所があるだろ、あの崖から釣り糸をたらしたらどうなるかと思ってやってみたんだよ。下は何もない崖だから人には迷惑をかけないと思って」

「え?あんなところから?」わたしとかめくんは同時に驚いた。さっき言っていたのはそんな場所のことだったのか。山のふもとの河口につながる釣り場で釣り糸を垂らしたのかと思ったのだ。

「うん、そしたらなんか魚の返事があったような気がしてな・・・もしかするとあの時のルアーかもな」とおじいさんは笑ったので、

「ルアーでルアーを釣るんですか?」と素朴な疑問を問いかけると、うんそういうこともあるよとの返事、でもきっと、あの時のルアーはまだ釣れないなと笑った。

私はおじいさんに元気になってもらいたくてたまらなくなった。

「もし、希望のルアーの写真とか絵を見せていただけたら作ってみたいんですが駄目ですか?」と聞いてみた。するとおじいさんはすごくうれしそうな顔で
「ぜひお願いするよ。特別のルアーだね」と言った。

「では待っている間にこの山の上のほうまで散策でもどうですか?何でも幻の青い池があると近所の子供たちが噂していたんですよ。そこでも、もしかしたら魚が釣れるんじゃないですかね」とかめくんが楽しそうに言った。

「お?君はまたさらに興味をそそることをいうねえ、そうしたらわし、いつまでたっても山を下りられなくなるじゃないか」と笑った。

3人は気が合い、いつまでも話していたい気がした。私は何だかこの先に希望があるという不思議な明るい気持ちになって、ルアー制作に取り掛かることにした。



 ~おわり~