2022年4月6日水曜日

初夏の雪まつり②

 私とかめくんは朝の光が降り注ぐ店内で、ガラス越しの外の景色に目をやりながら
「みんな忙しそうだねえ」とか「あ、歩道に雪が舞っている」などとぼんやり言っていた。
二人ともまだ十分に目が覚めていないのである。

なぜ私たちが掃除に参加していないかというと、この時期の雪掃除があまりにも忙しすぎて商店街のみんなでスケジュールを決めて当番制にしたのである。つまり今日、私たちは朝の掃除を休んでいい日なのである。もちろんお昼を過ぎたころになると、当番関係なく自分の店回りはこまめに掃除しているけれど。

「わーちゃん、お祭りにちなんだ作品できた?」
「うん、昨日遅くに出来上がったよ、また後で見せるね」と私は言った。この、(後で)というのは訳があるのだ。それは後で説明する。

とにかく私たちは、まるで外の世界と店の中の時間の進み方が違うかのように過ごしていると、カラン!と軽やかな音を立てて、ガラスのドアに取り付けられたドアベルが鳴った。
「ぴーちゃん!」私とかめくんは同時に叫んだ。一年弱の再開の喜びと、懐かしさをもってである。

初夏の雪が詰まったビニールの袋を肩にかけて持ち、ドアを勢いよく開けたぴーちゃんという私たちの親友は、店内と外の時間を一瞬で繋げたのだった。







2022年4月5日火曜日

初夏の雪まつり①

 miluzdropがある山の中腹の商店街、その名もポプラ通りに、初夏の雪まつりのイベントが始まった。

例えば山を下りて港町の人々に「初夏の雪まつり・・・」と話し始めたとすると、
「初夏の雪まつり?何ですかそれは?」と大体が説明を求められるのである。
つまりそのくらいローカルなお祭りなのである。

けれど商店街の人々にとっては大忙しの一大イベントで、いつもより通りは賑やかになる。
一週間は続くこのお祭り、今年は日曜日から始まった。

日曜日の朝、私はかめくんと一緒にガラスのドアから見える商店街の外の景色をぼんやり眺めていた。外の陽射しはこの6月に入ってから一番の暑さと明るさだった。
開店前にみんなは店から出てあっちこっちに忙しそうにしていた。

ここで、初夏の雪まつりとは何なのかを説明しておこうと思う。
ポプラ通りにはその名の通り、商店街の歩道や、山の中腹に作られたその商店街の裏山に
たくさんのポプラの木が植樹されている。商店街のポプラは等間隔に数えられるほど植えられているだけだが、裏山にはたくさんのポプラがひしめくように植えられている。

裏山と言っても山の中腹の切り開かれた部分、つまり商店街が作られた部分の少し広くスペースが取られた部分が店の裏側にあり、そこはあまりまだ舗装されていないため切り開かれた地面がそのままで、そのスペースを囲むようにポプラがたくさん植えられているのである。そこを商店街で働くみんなは裏山と呼んでいる。(実際は切り開かれ、斜面ではないのだがそう呼んでいる)

この部分は後々公共の広場のようなところを作る予定とのことである。そのため各店と裏山の部分にはプライベートを確保するため、背の高い壁で区切られている。

初夏の雪とは実は雪ではなく、そのポプラの綿毛の事なのである。毎年この初夏の季節になると、商店街にたくさん雪のように降ってくる。店の人たちは、この雪が一番降り注ぐ季節に毎朝歩道の掃除をするのだが、この辛い毎年のイベントを何か楽しいことにしないかと誰かが言い始めたのが、この初夏の雪まつりの始まりなのである。

毎年この季節になると歩道に大小様々な店ごとのツリー(まるでクリスマスのような)が飾られ、各店はこのイベントにちなんだ商品を販売するのである。




2022年1月22日土曜日

空のルアーあとがき

 
この話はもともと私が釣りが好きで、挿し絵の部分に載せた写真のルアーを制作した時に思いついた話です。きっかけは釣りで思いつきましたが、結局私はこの話で『何かの最後』というものを書いてみたかったんだと思います。

何かの最後とは後から思い出して、あの人と会うのはあれが最後だったなとか、あそこに行ったのはあれが最後かなみたいな、何でもいいんですがとにかく最後というものです。卒業式とかもそんな感じです。学校を卒業してしまえばあれほど通った登下校の道もほぼ通ることもなくなる・・・みたいな。あたりまえのことなんだけど後から思い出すみたいな。

そんな当たり前の最後にも、当たり前じゃない時もあって、私がこの話で書きたかった悲しい最後とか(ちゃんと書けているか疑問ですが)、もしくは逆にこれが私にとっては一番悲しいですが、最後なのに妙に楽しかったなとか、とにかく明るい感じの最後もあるような気がします。

とにかく私は最後というのがとても気になるから書きました。

話の中で出てくる釣りのマナーでいえば、この「彼」がルアーを投げるという行為が一番海と魚を傷つける行為だと私は思います。それでも書きたかった。彼がルアーを海に投げるところがとても鮮明に頭に浮かんできて、そこが一番重要なポイントな気がします。そこから彼は何かが終わり始まる気がします。・・・うーんうまく言えない。とにかくそんな感じです。

こんなメモ書きみたいな下手な文章をもし読んでくださっている方がいるとしたら、本当にありがとうございます。






2022年1月20日木曜日

空のルアー⑧

 「そんな年のある日、わしは何故かルアー釣りでどうしても魚を釣ってみたくなった。
わしはエサ釣り以外は釣れたことがなかったから、彼がルアーでどんなに大きな魚を横で釣りあげていたとしても、それをただすごいなあと称賛しながら見ているだけだった。
今思うと不思議なんだが、彼もそんなわしに無理やりルアー釣りを勧めることはいっさいしなかった。

だから彼にルアー釣りを教えてもらおうと思ったんだな。ただ最近彼は特に疲れてそうだったから、近場の磯に行ってみないかと珍しく自分から誘ってみたんだよ。
いつもは彼が事前に釣り場を決めていたんだけどね。それで彼がじゃああそこに行こうって近場の少し高い崖になっているような磯場に決めたんだ。今回は子供は連れて行かないで二人で行こうって。」
少しおじいさんは目を細めて、なぜだか苦しそうな表情をしていた。

「そうして、そこに到着してからかなり長い時間粘ったんだけど全然釣れない。彼は一生懸命その都度わしにアドバイスしながら、自分の釣りにも苦戦していた。彼もルアーをあれこれ付け替えたりしているんだけど、いつものような・・・なんて言ったらいいのか。
的確に判断している自信のようなものを感じなかった。ルアーケースに並んだ偽物の魚を前に手はうろうろと迷っていた。なぜだか少し手が震えているようにも感じたくらいだ。

「それで・・・僕は、あの時、明らかにいつもと違う彼になんて声をかけたのかな?思い出せない。何も声をかけなかったのかもしれない。」

(このときおじいさんはなぜか自分の事を『わし』ではなく、『僕』といった)少しの沈黙の後、おじいさんはふうっとため息をつきまた話し始めた。

「とにかくその時、彼はまるでわしの存在など気にしていない、見えていないかのようにいらいらとした動作で何もつれない釣り竿のリールを素早く巻き上げ、ついていたルアーを引きちぎるかのように外したかと思うと『くそ!』と大きな声で言いながら海に向かってそのルアーを投げ捨てたんだ。
うん、投げ捨てた。たぶんその表現が正しいと思うが、その時のわしにはそれが海というより空に向かって逃げていく魚のように見えたんだ」

そう言った時のおじいさんの首の傾げ具合、たよりなく自分の釣り竿をなぜる感じから、
私にはその時のおじいさんの心境がありありと伝わってくるように感じた。

「それでわしは見計らったつもりのタイミングで、少し休もう。そうしたらまた・・・
といいかけたら、彼がこちらを向き一言『釣れない』といった。
わしは驚いて少し沈黙したんだが、気を取り直して、いや、君ほどの人ならいくらでもまた釣れるさ。といったんだ。それはただ慰めで言ったのではなくて、本当にそう思っていたからだ。」

沈黙の中、ふと横を見るとかめくんがまるで時間が止まったかのようにおじいさんを見つめていた。

「彼は目をつむっていて、わしの言葉を聞きながらよく考えているようだった。それからゆっくりとした口調で、僕はあなたが思っているような人間ではない。よくあなたはすごいといってくれるが、普段の僕は失敗するのが怖くてただ必死になっているだけだ。といった。
わしはそれで結果が残せるのならすごいではないかと思ったが、今は何も言わないほうが良いと考えて黙っていた。彼は続けて、それでいて僕は人の気持ちがわからない冷たい人間なんだ。と言った。初めて僕と出会った日の事を覚えているかと。
もちろん僕は覚えているといった。彼は干からびた魚を悲しそうに見つめる僕をすごく興味深いと思うと同時に、うらやましいと思ったと言った。なぜうらやましいのかはわからない、その気持ちを分析し完全に理解できるようならきっとうらやましいとは感じない。たぶん自分にないものだと思ったからだ。そして彼は尚もこういった。おじさんは僕に頼りすぎる、おじさんはとてもユニークな人なんだ、だから僕に頼らないほうがきっと『すごい』ことができる。僕はもう釣りをしない。」

彼の言ったことがショックで私は思わず、え?と言ってしまった。おじいさんはうつむいたままで寂しそうに微笑んだ

「そのまま彼は帰ってしまって、それきり会っていないんだな。後から彼の叔父に彼はいま海外に行って仕事をしていると何となくきいたけれども、釣りはしていないんじゃないかということらしい。どうも彼が今いるところには釣りができるような場所はないらしい。まあはっきりとしたことはその彼の叔父もわからないらしい。わしもあれから今まで釣りに行くことはなかったんだが先日息子が父さん久しぶりに釣りに行こうよ、ってこの竿をプレゼントしてくれてな。ま、だからいいところを見せたいじゃないか」とおじいさんは暗い空気を吹き飛ばすかのようにわっはっはとまるで絵に描いたように笑った。

かめくんも少しぎこちなく笑いながら、
「なるほど、しかしなぜこんな山の上に?釣りなら海に行くのではないですか?」となかなか鋭いことを聞いた。

するとおじいさんはまってましたと笑いながら、
「いやあ、わしもこの10何年考えてしまってね。ユニークって何なのさってね、おお、じゃあ何かい、できるだけ高い場所に登って空にルアーを投げたろかい!ってね」といったので今度は3人で本当に大笑いした。

やがておじいさんは真剣な顔で
「いやしかし本当にこの山に登ってくる途中で、海の見えるベンチの休憩所があるだろ、あの崖から釣り糸をたらしたらどうなるかと思ってやってみたんだよ。下は何もない崖だから人には迷惑をかけないと思って」

「え?あんなところから?」わたしとかめくんは同時に驚いた。さっき言っていたのはそんな場所のことだったのか。山のふもとの河口につながる釣り場で釣り糸を垂らしたのかと思ったのだ。

「うん、そしたらなんか魚の返事があったような気がしてな・・・もしかするとあの時のルアーかもな」とおじいさんは笑ったので、

「ルアーでルアーを釣るんですか?」と素朴な疑問を問いかけると、うんそういうこともあるよとの返事、でもきっと、あの時のルアーはまだ釣れないなと笑った。

私はおじいさんに元気になってもらいたくてたまらなくなった。

「もし、希望のルアーの写真とか絵を見せていただけたら作ってみたいんですが駄目ですか?」と聞いてみた。するとおじいさんはすごくうれしそうな顔で
「ぜひお願いするよ。特別のルアーだね」と言った。

「では待っている間にこの山の上のほうまで散策でもどうですか?何でも幻の青い池があると近所の子供たちが噂していたんですよ。そこでも、もしかしたら魚が釣れるんじゃないですかね」とかめくんが楽しそうに言った。

「お?君はまたさらに興味をそそることをいうねえ、そうしたらわし、いつまでたっても山を下りられなくなるじゃないか」と笑った。

3人は気が合い、いつまでも話していたい気がした。私は何だかこの先に希望があるという不思議な明るい気持ちになって、ルアー制作に取り掛かることにした。



 ~おわり~










2021年2月8日月曜日

空のルアー⑦

 
「それから20年ものあいだ、休みになれば彼と一緒に釣りへ行った。彼もわしの事を気に入ってくれたのかな。家族ぐるみで仲良くなってね、当時まだ10代だった息子と3人でもよく釣りに行ったな。車の運転はわしがしてどこへでも行った。楽しかったなぁ」
おじいさんは懐かしそうに目を細めた。

「彼と釣りをした最後の年、彼ももう40をとうに過ぎていた。私生活でも色々あったのかな。でも彼はそういった話は全くと言っていいほどしなかった。だから彼の事は、わしは何にも知らなかった。とにかくあの年彼は何となく元気がないような、覇気がないような不思議な感じだったな。いつもとかわらず明るく振舞っていたけどね」

「何かあったんですかね?」かめくんが思わず聞いた。

「さあなあ…本当に彼は何も話してくれなかったから、今でも分からずじまいだ。わしが彼について知っているのは、当時よく釣り場で会った彼の親せきが一人いるくらいだ。彼の叔父だったかな。たまに彼も一緒に釣りをしていたけれどね」

私はなぜか急に窮屈な普段の生活の話など全くせず、ただひたすら楽しそうに釣りをする彼らの姿が目に浮かんだ。釣りの楽しさってそういう所もあるのかな。などと考えた。

「とにかくあの最後の年は、わしも彼も全く魚が釣れなかった」




空のルアー⑥

 
「そうしたら今度はまあ、わしの怒りをよそに人懐こい笑顔で、『おじさん』って、そんな風によばれたんだよ彼におじさんおじさん。ってね。それでおじさん。本当は外道はすぐリリースするものだけど、その魚はそのままにしていたらやがて腐ってハエがたかるから、ごみと一緒に捨ててあげたらいいんですよ。それが釣り人のマナーです。それに干からびた魚を海に捨ててもしばらく浮かんだままだし、やはり腐って魚にも海にも良くないですよって。」

それを聞いて私たちは、「なるほど」と納得の声を上げた。

私はその青年に対してムカッとしてしまったことを少し後悔した。

「なぁ、それでわしも大した青年だと感心してしまって、それに彼は釣りもうまくてなあ。今日はここに行けば釣れる。このエサを使えば、ここに投げればといった感じで、機転が利くんだな。判断のスピードは釣りに必要みたいだ。わしはそのあたり苦手でな、タイミングが中々掴めなかった。だからだろうか、彼に随分心酔したなあ。どこへいくにも一緒に付いていったよ」









空のルアー⑤

 
「うん、わしもそうやってなんだこれはと、その魚を観察していたんだよ。忘れもしない初めて釣りをしようと見よう見まねで道具をそろえて堤防にいったときのことだ。もう30年も前の話だ。」おじいさんはその時を思い出すかのように、ジェスチャーで干からびた魚を覗き込むふりをした。

「そうしたら、その様子を当時のわしより20くらい若い20代前半くらいの青年にみられてね。どうしたんですかって声をかけられたんだよ」

「ほう」かめくんの少し間の抜けた返事におじいさんは少し気が緩んだ感じになって、
「すまんなぁ退屈だな。こんなじいさんのはなし」といったので、
「いいえ。気になりますその話」かめくんは首を振ると確信に満ちた声で言った。

「うん、だからわしは正直にこの魚が気になってずっと観察をしていたんだといった。そしたら青年は驚いた顔で、その魚は外道と言って釣り人が狙っていた魚じゃないんで、おそらくそこに捨てられたんです。とさも当たり前のように言ったんだ。」

「その日釣りを始めたわしは初めての事だったから、すごくその魚が可哀想になってしまってそのまま海に帰してしまったんだよ。干からびているのに」
かめくんと私はおじいさんの気持ちがわかるから同意するように頷いた。

「青年はええっと驚いてどうしたんですか?なぜ海に捨てるんです?と聞いてきたから、またわしは素直に、可哀想だから海に帰したといった。そしたら青年が笑って面白い人ですねと大きな声でいったんだよ」

私はその話を聞いて「面白いですかね?それ」と素直におじいさんにいってしまった。

おじいさんは私に同じだというような感じで指をさし、
「わしもいったんだよ青年に、面白い?ではどうすればいいんだって。少し腹が立っていたのかもな。人間の安い同情心を笑われた気がして」