2022年4月9日土曜日

初夏の雪まつりあとがき

 このお話は、最後の写真のリビアングラスの指輪を作った時に思いつきました。
お話の中のぴーちゃんは、そのままではないけれど、軸となるモデルの人物が実際にいます。私にとってずっと心の中にいる大好きな人です。

本当に私にとって、お兄さんのようなお姉さんのようなお母さんのような人なので、
そのあたり話の中でわーちゃんと同調させていて、だからぴーちゃんを『ぴーちゃん』と書いたり『彼』と書いたりしたのです。

お兄さんのようなお姉さんのようなお母さんのような彼、でもその人はその人。
これは全く私の見解と視点そのものです。

でも、もしかしたら私の知らない(あるいは知っているかもしれない)誰かにとっては、
彼女かもしれないし、もしかしたらもっと言葉では表せないくらい大切な存在なんだと思います。

もう今は理由があって会えないのだけど、もっと頻繁に会って話したかったなあと思う人です。
優しく私に語り掛けてくれる感じが忘れられません。

このデザインの作品は作っているとわくわくした楽しい気持ちになるので、今後も作ろうと思います。






初夏の雪まつり④

 「今年は特に多いわね雪が!」ぴーちゃんはすたすたと私たちのところまで歩いてくると、
ガラスのカウンターの上に、雪がたくさん詰まったビニール袋を置いた。

「ほら、ね、捨てられる運命だけど綺麗」
「ぴーちゃん今朝来たの?」私が聞くと、
「そうよそれでさっそく掃除よ、やあね。ま、当番だからしょうがないけどさ」と少し不機嫌なふりをしていたけれど、楽しい気分を隠せないのだ。

「そういえば、今年は何か作ったの?私あんたたちの作品好きよ」
「え、僕のも?」と意外そうな顔でかめくんが言うので、
「そうよ、あたりまえじゃないの 削った石も立派な作品だわよ」
と照れ臭そうにぶっきらぼうになっていった。そして気持ちを取り直すかのように、
「それにしてもあんたはいつもマイペースね、寝癖が立ってるわよ」
と、かめ君の寝癖を指で弾いた。

「では、ぴーちゃんがきたので、今年の雪まつりの作品を発表します」
さっきかめくんから、お祭りにちなんだ作品の事を聞かれた時に後でといったのは、
まさしくこのぴーちゃんが、今年も店にきたタイミングでということだったのだ。
(ぴーちゃんは、ポプラ通りに来るといつも一番に勢いよくこの店のドアを開け、私たちに顔を見せに来てくれる。

そして少し大げさに言ったのは、今年の作品は、かめくんと二人で作った作品の中でも、特に気に入ったからだ。

タイトルはそのまま、『初夏の雪まつり』リビアングラスの指輪だ。
まるでスノードームのように山高に削ってもらったクリストバライト入りのルースは、
やわらかい雪が舞っているようにも見えて、初夏の雪そっくりだ。
そして指輪の覆輪部分は町やポプラの木のデザインを施してみた。
今後同じデザインのペンダントなども作っていこうと思っている。

「うん、いいじゃない私も好きよ」
ぴーちゃんは、まるで私の気持ちが分かっているかのように言った。
実際、ぴーちゃんには私の気持ちがいつもばれてしまうのだ。

「そうだ、向かいの加工品店の隣のケーキ屋さん、白くてふわふわした美味しそうなケーキをつくっていたわよ、後で食べに行かない?」

朝の陽射しのようなキラキラしたぴーちゃんとの時間が、この初夏の雪とともに今年も舞い降りてきたのだ。


~おわり~
















2022年4月8日金曜日

初夏の雪まつり③

 「また、あんたたちはぼんやりして!」ぴーちゃんは言った。
ぴーちゃんについて何から話そう。
すぐにでてこない、なんて言ったらいいのかわからない。

そういうことってないだろうか?好きな人、大切な人。1年たっても、いやきっといつまでもずっと心の中にある人。そういう人は簡単に説明できない。間違って説明してしまわないだろうか、そんな不安もある。きっとずっと大切な人。

ありきたりかもしれない言い方をするならば、私にとって優しいお兄さんのようであり、
時にはお姉さんのようでもあり、お母さんのように気にかけてくれる人だ。

ぴーちゃんに対して誰かが何かを言ったとか、そういう出来事で彼を説明しようとも思ったが、それは必要のないことだと思った。
なぜなら私にとってぴーちゃんは、ぴーちゃんでしかないからだ。

だからここでは具体的なぴーちゃん自身の説明をしようとおもう。

ぴーちゃんはこのポプラ通りにある唯一の美容室「Beyonce(ビヨンセ)」をたった一人で経営する美容師だ。
私とかめくんの二人が、この通りに店を開業する前からビヨンセはあった。
初めて私たちが挨拶しにビヨンセに向かったとき、私たち二人は店の前で看板を見上げて立ち止まった。

綺麗なペールグリーンの店の壁によく合った茶色のピカピカした看板に『Beyonce』と、あまりにもデフォルメされた、くねくねした文字で描かれていたので、私たちはそれを読めず「ピヨンス?ペイオンス?」などと言い合い、最終的にピースだろうと落ち着いた。

挨拶して私たちが名前を言った時、ぴーちゃんは自分に名前は無いと言った。

「私の名前は過去に置いてきたわ、だからそうね店名で読んで頂戴、それが私の名前よ」
と言ったので私は、
「ピースさん・・・ですか、少し呼びづらいので、ぴーちゃんって呼んでもいいですか?」
と聞いたら、ぴーちゃんは目を丸くしたので、また私の夢中になると周りが見えなくなる悪い癖が出たと思い(それほど何故かぴーちゃんと仲良くなりたくなったのだ)、
「あ、すみません馴れ馴れしくて、ぴーちゃんさん・・・?」といったら、
ぴーちゃんはくくくっとこみ上げるように笑い
「もうなんでもいいわよ」といった。

ぴーちゃんはビヨンセに一年中はいない。正しく言うとこのポプラ通りに2か月半しかいないのだ。

毎年初夏の雪まつりの季節が始まると、このポプラ通りのビヨンセにやってきて店を開ける。そして山から見える空がさらに高くなり秋の気配が近づいたころ、山を下りてどこかに帰ってしまうのだ。

ぴーちゃんが言うには、それがこの店の稼ぎ時が終わる合図らしい。
どこに帰るのか聞いても、決してぴーちゃんは教えてくれない。
「私がどこに帰るかなんて、私にとってもあなたたちにとっても良い事なんてひとつもない。それに私はいつもここに帰ってきているのよ」と私の頭をぽんぽんっとしながら言ったので私はそれ以上は聞かないことにしたのだ。





2022年4月6日水曜日

初夏の雪まつり②

 私とかめくんは朝の光が降り注ぐ店内で、ガラス越しの外の景色に目をやりながら
「みんな忙しそうだねえ」とか「あ、歩道に雪が舞っている」などとぼんやり言っていた。
二人ともまだ十分に目が覚めていないのである。

なぜ私たちが掃除に参加していないかというと、この時期の雪掃除があまりにも忙しすぎて商店街のみんなでスケジュールを決めて当番制にしたのである。つまり今日、私たちは朝の掃除を休んでいい日なのである。もちろんお昼を過ぎたころになると、当番関係なく自分の店回りはこまめに掃除しているけれど。

「わーちゃん、お祭りにちなんだ作品できた?」
「うん、昨日遅くに出来上がったよ、また後で見せるね」と私は言った。この、(後で)というのは訳があるのだ。それは後で説明する。

とにかく私たちは、まるで外の世界と店の中の時間の進み方が違うかのように過ごしていると、カラン!と軽やかな音を立てて、ガラスのドアに取り付けられたドアベルが鳴った。
「ぴーちゃん!」私とかめくんは同時に叫んだ。一年弱の再開の喜びと、懐かしさをもってである。

初夏の雪が詰まったビニールの袋を肩にかけて持ち、ドアを勢いよく開けたぴーちゃんという私たちの親友は、店内と外の時間を一瞬で繋げたのだった。







2022年4月5日火曜日

初夏の雪まつり①

 miluzdropがある山の中腹の商店街、その名もポプラ通りに、初夏の雪まつりのイベントが始まった。

例えば山を下りて港町の人々に「初夏の雪まつり・・・」と話し始めたとすると、
「初夏の雪まつり?何ですかそれは?」と大体が説明を求められるのである。
つまりそのくらいローカルなお祭りなのである。

けれど商店街の人々にとっては大忙しの一大イベントで、いつもより通りは賑やかになる。
一週間は続くこのお祭り、今年は日曜日から始まった。

日曜日の朝、私はかめくんと一緒にガラスのドアから見える商店街の外の景色をぼんやり眺めていた。外の陽射しはこの6月に入ってから一番の暑さと明るさだった。
開店前にみんなは店から出てあっちこっちに忙しそうにしていた。

ここで、初夏の雪まつりとは何なのかを説明しておこうと思う。
ポプラ通りにはその名の通り、商店街の歩道や、山の中腹に作られたその商店街の裏山に
たくさんのポプラの木が植樹されている。商店街のポプラは等間隔に数えられるほど植えられているだけだが、裏山にはたくさんのポプラがひしめくように植えられている。

裏山と言っても山の中腹の切り開かれた部分、つまり商店街が作られた部分の少し広くスペースが取られた部分が店の裏側にあり、そこはあまりまだ舗装されていないため切り開かれた地面がそのままで、そのスペースを囲むようにポプラがたくさん植えられているのである。そこを商店街で働くみんなは裏山と呼んでいる。(実際は切り開かれ、斜面ではないのだがそう呼んでいる)

この部分は後々公共の広場のようなところを作る予定とのことである。そのため各店と裏山の部分にはプライベートを確保するため、背の高い壁で区切られている。

初夏の雪とは実は雪ではなく、そのポプラの綿毛の事なのである。毎年この初夏の季節になると、商店街にたくさん雪のように降ってくる。店の人たちは、この雪が一番降り注ぐ季節に毎朝歩道の掃除をするのだが、この辛い毎年のイベントを何か楽しいことにしないかと誰かが言い始めたのが、この初夏の雪まつりの始まりなのである。

毎年この季節になると歩道に大小様々な店ごとのツリー(まるでクリスマスのような)が飾られ、各店はこのイベントにちなんだ商品を販売するのである。