「また、あんたたちはぼんやりして!」ぴーちゃんは言った。
ぴーちゃんについて何から話そう。
すぐにでてこない、なんて言ったらいいのかわからない。
そういうことってないだろうか?好きな人、大切な人。1年たっても、いやきっといつまでもずっと心の中にある人。そういう人は簡単に説明できない。間違って説明してしまわないだろうか、そんな不安もある。きっとずっと大切な人。
ありきたりかもしれない言い方をするならば、私にとって優しいお兄さんのようであり、
時にはお姉さんのようでもあり、お母さんのように気にかけてくれる人だ。
ぴーちゃんに対して誰かが何かを言ったとか、そういう出来事で彼を説明しようとも思ったが、それは必要のないことだと思った。
なぜなら私にとってぴーちゃんは、ぴーちゃんでしかないからだ。
だからここでは具体的なぴーちゃん自身の説明をしようとおもう。
ぴーちゃんはこのポプラ通りにある唯一の美容室「Beyonce(ビヨンセ)」をたった一人で経営する美容師だ。
私とかめくんの二人が、この通りに店を開業する前からビヨンセはあった。
初めて私たちが挨拶しにビヨンセに向かったとき、私たち二人は店の前で看板を見上げて立ち止まった。
綺麗なペールグリーンの店の壁によく合った茶色のピカピカした看板に『Beyonce』と、あまりにもデフォルメされた、くねくねした文字で描かれていたので、私たちはそれを読めず「ピヨンス?ペイオンス?」などと言い合い、最終的にピースだろうと落ち着いた。
挨拶して私たちが名前を言った時、ぴーちゃんは自分に名前は無いと言った。
「私の名前は過去に置いてきたわ、だからそうね店名で読んで頂戴、それが私の名前よ」
と言ったので私は、
「ピースさん・・・ですか、少し呼びづらいので、ぴーちゃんって呼んでもいいですか?」
と聞いたら、ぴーちゃんは目を丸くしたので、また私の夢中になると周りが見えなくなる悪い癖が出たと思い(それほど何故かぴーちゃんと仲良くなりたくなったのだ)、
「あ、すみません馴れ馴れしくて、ぴーちゃんさん・・・?」といったら、
ぴーちゃんはくくくっとこみ上げるように笑い
「もうなんでもいいわよ」といった。
ぴーちゃんはビヨンセに一年中はいない。正しく言うとこのポプラ通りに2か月半しかいないのだ。
毎年初夏の雪まつりの季節が始まると、このポプラ通りのビヨンセにやってきて店を開ける。そして山から見える空がさらに高くなり秋の気配が近づいたころ、山を下りてどこかに帰ってしまうのだ。
ぴーちゃんが言うには、それがこの店の稼ぎ時が終わる合図らしい。
どこに帰るのか聞いても、決してぴーちゃんは教えてくれない。
「私がどこに帰るかなんて、私にとってもあなたたちにとっても良い事なんてひとつもない。それに私はいつもここに帰ってきているのよ」と私の頭をぽんぽんっとしながら言ったので私はそれ以上は聞かないことにしたのだ。