2023年2月16日木曜日

洞窟エントランスのオブジェ⑧

私は促されるままに開かれた本を手にし、そしてさらに差し出されたランチボックスからおかずサンドイッチのほうを一つつまむと、ホソミさんもそれに続いた。

サンドイッチは耳たぶの下がグッとくるほど美味しかった。私たち二人はもくもく食べながら本を覗き込んだ。
ページの内容はこうだった。

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「ある修道院の話~テリーヌとブラウニー~」より、睡蓮池テリーヌサンドイッチと抹茶風味グリーンソースのブラウニーサンド

~STORY~
ある修道院は深い森の奥にあり、背の高い木々の隙間から差し込む木漏れ日だけで少しの明かるさを保っている。当然近寄りがたいイメージがあり、
人が集まらないことに頭を悩ませていた。そこで修道院の人たちが考えたのは、その修道院のイメージのお菓子や食べ物を作り皆にふるまうこと。あたりの森は一見暗いイメージだが、よく見ると色鮮やかな睡蓮が浮かぶ神秘的な緑の池があり、ごくまれに森で見つかる明るいグリーンの実は、チョコのような甘い香りを漂わせている。それらをイメージして澄んだ緑のテリーヌと明るいグリーンソースがかかったブラウニーを作った。これら二つの食べ物は瞬く間に修道院近くの村、しまいには遠くの町まで知れ渡り大人気になるのだが…


今回のレシピは、この二つの料理をイメージしたサンドイッチです。

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と書かれていて、それ以降はサンドイッチの作り方が書かれている。
「ストーリーの紹介は、これで終わりですか?」と気になることを言ってみたら、ホソミさんもそれに同意するかのようにウンウンと頷いた。
「ですよね、気になりますよね短くて。だから私も調べてみたんです。コンピュータで
おお、と私が感嘆の声を漏らすとホソミさんは得意げに言った。
「なんと検索は4件ヒットしました。ひとつは作者名。マリア・パラ・モラレスさんという方、ある修道院の話という小説を書いたことは確かなんですが、そこにテリーヌとブラウニーの話があるのかは不明でした。あると思いたいですが…そもそもこの方は名前からしてスペイン人でしょうが、テリーヌはまだいいとしてブラウニーとは国がちぐはぐな気がします。でもこれが書かれたのは1940年代で割と現代に近いし…」
ホソミさんが少し頭を抱えたので、
「だったら何も情報がないとは言い切れないし、空想は自由ですもんね」と言うと、
ほっとした顔になって続けた。
「ですよね。あ、あとの3件ですが、うち1件は関係のない記事、多分タイトルの言葉に引っ掛っただけでしょう。あとの2件は何と本の評価です。翻訳されているかはわからないけど、古本でどこかにあるんでしょう。かならず探します。それで肝心の評価なんですが、そのうちの一つはただ評価の星だけ。評価は5のうちの3、そしてもう一つは貴重な感想付き評価。まず評価は4、感想は[最初はありがちな話だと思ったが、途中からこんな鬱展開になるとは思わなかった]だそうです」ここまで言うとホソミさんは言い切ったという感じで、ふうっと息をついた。

「鬱展開ですか。テリーヌとブラウニーで、みんながお腹を壊したとか?」
頭が混乱して私が言うと、
「そこなんですよ。まずこの本に違う修道院の話が他にもたくさん書かれていて、これはそのうちのテリーヌとブラウニーという、一つの短編にすぎないのか、それともこのレシピの修道院の話が長編で色々と展開していくのかすらわからないのですが、もし仮にテリーヌとブラウニーという長編が鬱展開するとしたら、どうなっていくんでしょう。私は例えば、村や町の人が修道院自体よりも、この美味しい食べ物にしか興味を示さなくなっていくんじゃないかな?…とか、とにかく空想が捗ります」

うん、と私は頷いたが二人ともこれ以上考えると頭がさらに混乱しそうな感じだった。

私たちは次にブラウニーサンドを食べた。
私は目を丸くして、「とても美味しいです」とだけ言った。

ぷるんとしたグリーンクリームが挟まったそれは、ふわっと心が軽くなるようなさわやかな甘さだった。





2023年2月5日日曜日

洞窟エントランスのオブジェ⑦

 噴水の吹き出し口から水がゆるく持ち上がり揺蕩うさまは、この場所の持つどっちつかずの状況からくる曖昧な雰囲気を表しているかのようだった。

小さな水の音の反響音が聞こえて、時間がゆっくりと流れているようにも感じた。

「もうこの辺りで食べちゃいません?お腹がすいちゃって」
竹製のランチボックスを持ち上げながらホソミさんは言った。
「私もさっきからお腹が鳴りっぱなしで」と頷きながら私が言ったので、
ホソミさんはじゃ食べましょうと噴水の淵に促した。
「水の流れも激しくないし、ちょうどいいですね」と私も言い、並んで座り食べることにした。

ホソミさんは平静を装っていたけど、少しそわそわしているようにも見えた。
開けるのが少し複雑そうな竹製のランチボックスを慣れた手つきで開け、二人の間に置いた。
「こんなので良かったでしょうか?どうしてもこのレシピが作りたくて」

サンドイッチは2種類あった。ホソミさんによると、このサンドイッチのテーマはグリーンなのだそうだ。一つはおかず感覚のサンドイッチ、とても変わっていてパンは普通のパンなのだが、淡いグリーンの澄んだゼリー寄せ風テリーヌが挟んである。テリーヌの中には細かく切った花びらのようなピンクのハムが散らばり、細く割いたチキンと、細かく刻んだクレソンがふわふわ浮いている。

これもホソミさんの説明によると、このテリーヌは睡蓮が浮かぶ池をイメージしているのだそうだ。
あとのもう一つは、濃いブラウンのケーキ生地に、これもまた綺麗なグリーンのクリームがサンドされている。

「これはグリーンソースがかかったチョコブラウニーをイメージしています。グリーンソースといってもクリーム系の甘いソースです。サンドイッチとして挟みやすくするために、テリーヌにも使ったゼラチンが少し入っています。」とホソミさんは言いながら、大きなランチボックスの上蓋ポケットから、手ごろなサイズの分厚い本を取り出した。

「これ、例のサンドイッチの本です。持ってきちゃいました、このレシピはここです」
と言いながらホソミさんは、本に付いている紐の栞が挟まれたページを開いた。











2023年2月3日金曜日

洞窟エントランスのオブジェ⑥

 いざ行かん!とばかりに私たちは洞窟に入った。前はホソミさんで後ろが私。
洞窟といっても本当は二人並んで歩けるほどの道幅なのだけど、道の左右すべての壁にビニールシートが貼っており、うっかり壁に当たろうものなら何が落ちてくるかもわからない緊張感で、私たちはこのようにずんずんと押し進んだのだ。それがいっそう洞窟感を醸し出していた。

洞窟といっても本当は開発途中のショッピングモールなので、すぐに中央の中庭のような広場についた。広場の真ん中に噴水があり噴水を取り囲むように一階、二階、三階とたくさんの店が放射状に取り囲んでいる。吹き抜けになっているので、ここから全ての階を見ることができる。三階は見上げるのに苦労するが…

噴水のそばから見上げる天井はとても高く、ガラス張りのドーム状になっているから、
まるでここだけ建物の外に出る中庭のようにも思える。そういった空想を助けるかのように噴水の周り一体、またそれぞれの階にパキラやゴムの木、マドカヅラなどの観葉植物や、
月桂樹のような背の低い木々、そしてポーチュラカやパンジーなど色鮮やかな花々が植えられている。

勿論、一つ一つの店といっても開発途中で開店はしていなく、まだ店の外装どころか入口の壁と同じくビニールシートが貼られている店も多いため、洞窟感は失われていない。ともすればそれぞれの店の入り口(のように見えるところ)が、個別の小さな洞窟の、ぽっかり空いた口に見えなくもない。

この噴水の広場がたとえば、洞窟の中央部分、急に空が見える吹き抜けのオアシス、なぜならそこにはきれいな水があり緑もある。ここで冒険者たちは潤いを取り戻し、それぞれの洞窟に戦いに行く。つまりここは休憩場所でもあり、すべての入り口の玄関口(エントランス)でもある。そんな風にも確かに空想できるのだ。