2022年9月20日火曜日

洞窟エントランスのオブジェ④

 間もなくふもとの停留所にバスは着き、私たちは歩き出した。
何となく二人で会話をしたけれど、お互い歩くことに集中していた。

鋪装されていないぼこぼこした道を歩いていたが、やがて草が生い茂った低い丘のような場所にたどり着いた。この丘を越えると、例の開発途中のショッピングモールにつくらしい。

生い茂った草は、想像していた背の高い葦とまではいかないが、ごうごうと風になびいていて如何にも冒険の始まりといったイメージ通りだった。

丘の一番高いところに行くと港町と海が一望できた。
さすがに私も何か言いたくなって、
「冒険の道のりって感じですね」といったら、
「ええ、しかもすごい風ですね」と長い髪を草と同じくらいに風になびかせたホソミさんが言った。

「髪、縛ってくればよかったです。家では一つにまとめていたので、なんだか開放したくて」
と言いながら困ったように遠くの海を眺めていたが、私には髪の長い勇者が勇ましく立っているようにみえた。








2022年9月2日金曜日

洞窟エントランスのオブジェ③

とても楽しみしていますとホソミさんにメールをすると、すぐに返事が来た。
「実は白状しますと、もう昨日からサンドイッチを仕込み始めて作ってしまったのです。
だから今日の昼行きませんか?良ければそちらに向かいます」
私はニヤッと笑って「嬉しいです」とすぐにメールを返した。

すぐに大きなカゴ製のランチボックスを持ったホソミさんがやってきた。
トンっとカウンターに置いたランチボックスを見ていたら、
「これ、竹製、気に入って買っちゃいました」といったので、存在感がありますねと答えた。
そして私たちは、洞窟エントランスに向かうために山を降りるバスに乗ることにした。

店の前の通りを海側に向かって歩き、そこからカーブするように少し山を下ると、すぐにバス停にたどり着きすんなりバスが来たので、私たちはそれに乗った。

「バスに乗るのは少しズルしてるような気がしますね」
ふふふと笑いながら、二つ並んだシートの奥に座ったホソミさんが言った。ホソミさんはランチボックスを大切そうに膝の上にのせていた。
「そうですか?でもこのバスは山のふもとまでだからそこからまだ歩くのでしょう?」
と私は聞いた。
「ええ、でも何となく自分で名付けておきながら洞窟エントランス、そこに向かうって何だか冒険者って感じしません?」
「あ、冒険ですか?」その発想はなかったと思い、私も目を輝かせた。
「最近ハマってるんですよねそういうゲーム、少し古い攻略本が店に入ってきたりして
そこまで言うとホソミさんは本格的にくくくっと面白そうに笑った。

ホソミさんの笑い声を聞きながら私も想像を膨らませた。
洞窟に向かうために背の高い葦の草原を渡ってゆく、やがてたどり着く洞窟の入り口。
そして戦う前のひと休憩、そんな感じだろうか?

がたっとバスが揺れて、ふとシートの隣に座ったホソミさんに目をやると、もう笑うのをやめて真剣に窓の外を見つめていた。