2022年1月22日土曜日

空のルアーあとがき

 
この話はもともと私が釣りが好きで、挿し絵の部分に載せた写真のルアーを制作した時に思いついた話です。きっかけは釣りで思いつきましたが、結局私はこの話で『何かの最後』というものを書いてみたかったんだと思います。

何かの最後とは後から思い出して、あの人と会うのはあれが最後だったなとか、あそこに行ったのはあれが最後かなみたいな、何でもいいんですがとにかく最後というものです。卒業式とかもそんな感じです。学校を卒業してしまえばあれほど通った登下校の道もほぼ通ることもなくなる・・・みたいな。あたりまえのことなんだけど後から思い出すみたいな。

そんな当たり前の最後にも、当たり前じゃない時もあって、私がこの話で書きたかった悲しい最後とか(ちゃんと書けているか疑問ですが)、もしくは逆にこれが私にとっては一番悲しいですが、最後なのに妙に楽しかったなとか、とにかく明るい感じの最後もあるような気がします。

とにかく私は最後というのがとても気になるから書きました。

話の中で出てくる釣りのマナーでいえば、この「彼」がルアーを投げるという行為が一番海と魚を傷つける行為だと私は思います。それでも書きたかった。彼がルアーを海に投げるところがとても鮮明に頭に浮かんできて、そこが一番重要なポイントな気がします。そこから彼は何かが終わり始まる気がします。・・・うーんうまく言えない。とにかくそんな感じです。

こんなメモ書きみたいな下手な文章をもし読んでくださっている方がいるとしたら、本当にありがとうございます。






2022年1月20日木曜日

空のルアー⑧

 「そんな年のある日、わしは何故かルアー釣りでどうしても魚を釣ってみたくなった。
わしはエサ釣り以外は釣れたことがなかったから、彼がルアーでどんなに大きな魚を横で釣りあげていたとしても、それをただすごいなあと称賛しながら見ているだけだった。
今思うと不思議なんだが、彼もそんなわしに無理やりルアー釣りを勧めることはいっさいしなかった。

だから彼にルアー釣りを教えてもらおうと思ったんだな。ただ最近彼は特に疲れてそうだったから、近場の磯に行ってみないかと珍しく自分から誘ってみたんだよ。
いつもは彼が事前に釣り場を決めていたんだけどね。それで彼がじゃああそこに行こうって近場の少し高い崖になっているような磯場に決めたんだ。今回は子供は連れて行かないで二人で行こうって。」
少しおじいさんは目を細めて、なぜだか苦しそうな表情をしていた。

「そうして、そこに到着してからかなり長い時間粘ったんだけど全然釣れない。彼は一生懸命その都度わしにアドバイスしながら、自分の釣りにも苦戦していた。彼もルアーをあれこれ付け替えたりしているんだけど、いつものような・・・なんて言ったらいいのか。
的確に判断している自信のようなものを感じなかった。ルアーケースに並んだ偽物の魚を前に手はうろうろと迷っていた。なぜだか少し手が震えているようにも感じたくらいだ。

「それで・・・僕は、あの時、明らかにいつもと違う彼になんて声をかけたのかな?思い出せない。何も声をかけなかったのかもしれない。」

(このときおじいさんはなぜか自分の事を『わし』ではなく、『僕』といった)少しの沈黙の後、おじいさんはふうっとため息をつきまた話し始めた。

「とにかくその時、彼はまるでわしの存在など気にしていない、見えていないかのようにいらいらとした動作で何もつれない釣り竿のリールを素早く巻き上げ、ついていたルアーを引きちぎるかのように外したかと思うと『くそ!』と大きな声で言いながら海に向かってそのルアーを投げ捨てたんだ。
うん、投げ捨てた。たぶんその表現が正しいと思うが、その時のわしにはそれが海というより空に向かって逃げていく魚のように見えたんだ」

そう言った時のおじいさんの首の傾げ具合、たよりなく自分の釣り竿をなぜる感じから、
私にはその時のおじいさんの心境がありありと伝わってくるように感じた。

「それでわしは見計らったつもりのタイミングで、少し休もう。そうしたらまた・・・
といいかけたら、彼がこちらを向き一言『釣れない』といった。
わしは驚いて少し沈黙したんだが、気を取り直して、いや、君ほどの人ならいくらでもまた釣れるさ。といったんだ。それはただ慰めで言ったのではなくて、本当にそう思っていたからだ。」

沈黙の中、ふと横を見るとかめくんがまるで時間が止まったかのようにおじいさんを見つめていた。

「彼は目をつむっていて、わしの言葉を聞きながらよく考えているようだった。それからゆっくりとした口調で、僕はあなたが思っているような人間ではない。よくあなたはすごいといってくれるが、普段の僕は失敗するのが怖くてただ必死になっているだけだ。といった。
わしはそれで結果が残せるのならすごいではないかと思ったが、今は何も言わないほうが良いと考えて黙っていた。彼は続けて、それでいて僕は人の気持ちがわからない冷たい人間なんだ。と言った。初めて僕と出会った日の事を覚えているかと。
もちろん僕は覚えているといった。彼は干からびた魚を悲しそうに見つめる僕をすごく興味深いと思うと同時に、うらやましいと思ったと言った。なぜうらやましいのかはわからない、その気持ちを分析し完全に理解できるようならきっとうらやましいとは感じない。たぶん自分にないものだと思ったからだ。そして彼は尚もこういった。おじさんは僕に頼りすぎる、おじさんはとてもユニークな人なんだ、だから僕に頼らないほうがきっと『すごい』ことができる。僕はもう釣りをしない。」

彼の言ったことがショックで私は思わず、え?と言ってしまった。おじいさんはうつむいたままで寂しそうに微笑んだ

「そのまま彼は帰ってしまって、それきり会っていないんだな。後から彼の叔父に彼はいま海外に行って仕事をしていると何となくきいたけれども、釣りはしていないんじゃないかということらしい。どうも彼が今いるところには釣りができるような場所はないらしい。まあはっきりとしたことはその彼の叔父もわからないらしい。わしもあれから今まで釣りに行くことはなかったんだが先日息子が父さん久しぶりに釣りに行こうよ、ってこの竿をプレゼントしてくれてな。ま、だからいいところを見せたいじゃないか」とおじいさんは暗い空気を吹き飛ばすかのようにわっはっはとまるで絵に描いたように笑った。

かめくんも少しぎこちなく笑いながら、
「なるほど、しかしなぜこんな山の上に?釣りなら海に行くのではないですか?」となかなか鋭いことを聞いた。

するとおじいさんはまってましたと笑いながら、
「いやあ、わしもこの10何年考えてしまってね。ユニークって何なのさってね、おお、じゃあ何かい、できるだけ高い場所に登って空にルアーを投げたろかい!ってね」といったので今度は3人で本当に大笑いした。

やがておじいさんは真剣な顔で
「いやしかし本当にこの山に登ってくる途中で、海の見えるベンチの休憩所があるだろ、あの崖から釣り糸をたらしたらどうなるかと思ってやってみたんだよ。下は何もない崖だから人には迷惑をかけないと思って」

「え?あんなところから?」わたしとかめくんは同時に驚いた。さっき言っていたのはそんな場所のことだったのか。山のふもとの河口につながる釣り場で釣り糸を垂らしたのかと思ったのだ。

「うん、そしたらなんか魚の返事があったような気がしてな・・・もしかするとあの時のルアーかもな」とおじいさんは笑ったので、

「ルアーでルアーを釣るんですか?」と素朴な疑問を問いかけると、うんそういうこともあるよとの返事、でもきっと、あの時のルアーはまだ釣れないなと笑った。

私はおじいさんに元気になってもらいたくてたまらなくなった。

「もし、希望のルアーの写真とか絵を見せていただけたら作ってみたいんですが駄目ですか?」と聞いてみた。するとおじいさんはすごくうれしそうな顔で
「ぜひお願いするよ。特別のルアーだね」と言った。

「では待っている間にこの山の上のほうまで散策でもどうですか?何でも幻の青い池があると近所の子供たちが噂していたんですよ。そこでも、もしかしたら魚が釣れるんじゃないですかね」とかめくんが楽しそうに言った。

「お?君はまたさらに興味をそそることをいうねえ、そうしたらわし、いつまでたっても山を下りられなくなるじゃないか」と笑った。

3人は気が合い、いつまでも話していたい気がした。私は何だかこの先に希望があるという不思議な明るい気持ちになって、ルアー制作に取り掛かることにした。



 ~おわり~