2019年12月24日火曜日

わかめの日㉔


かめくんが戻ってきてからは、私たちはなぜだか潮が引いていくかのように帰り支度をし、当然のように3人黙って玄関まで行った。

私はわかめの資料をいくつかイサトさんから貸していただいた。すぐにお返ししますと言うと、「ゆっくりで」とイサトさんは今ここにはない先の事をすでに約束したかのような優しい、でも少し心ここにあらずといった顔をした。

それで私も黙ってうなずいて玄関を出て少し前の道まで進んでいったが、かめ君とイサトさんはまだ玄関口で少し何かを話しているように見えた。

それから二人はお互い頭を下げて挨拶をした。イサトさんは再び私のほうを見て「うん」というように頭を下げ、手を振った。私も深く深く頭を下げた。

イサトさんが家の中に帰っていき、私たちは帰り道、また海岸の方に寄ってみることにし
た。

道すがら一応かめくんに聞いてみた。
「ねぇ、かめくん。アトリエから出てきたときすごく複雑な顔をしていたように見えたけど大丈夫だった?何かあった?」するとかめくんは、
「うん、うーん?複雑?そうか複雑か…いったい何と言ったらいいのか、いや言っていいのか、何だったんだあれは、あれでよかったのか?」などと言ったので、
うん、そっとしておこう。と思った。

いつもなら私は好奇心に負けて、無理矢理でもかめ君から聞き出そうとする性分なのだけれど、特別きょうのかめくんは混乱しているように見えた。

海岸に着き、潮風に当たっていたらかめ君がふと
「でも僕はどうしたって、自分が興味を持ってしまったら、ましてやその人が扉を開けてくれたら入ってしまうたちなんだ」と言ったので、何て言ったらいいのか分からなくなった。

----私は、どうなんだろう…。
私はどちらかというと人より自分。自分の心を覗いて、好きなことをささやかでもいいから集めて積み重ねていきたいかな…等と考えていた。

だから私は私で、思わぬなりゆきで今日という日をこんな風に過ごせて、満足しているのだ。(色々な人にお世話になり、また迷惑をかけながらも…)

遠くの水平線を見ていたら後ろからかめくんが、
「ねぇわーちゃん、結局今日は何の日だったんだろう?」
と聞いてきたので、私は海に向かって
「わかめの日!」と叫んだ。






   おわり

2019年9月24日火曜日

わかめの日㉓


「・・・はい」と、イサトさんに返事をしたのは、
まるっきりその気持ちが分からないというわけではなかったから、特に『生きていると不運が予兆もなく・・・』という所。私はイサトさんほど年を重ねた訳ではないけれど、物事の大きさ関係なくそういう事はやはり生きているとあると思うし、実際私も経験した。(もちろん今回の何の日か決めようイベントの件ではなく・・・)

大体、何か不幸が起きた時にそれがその人にとってどれだけ大変な事かなんて、他人には図れない。他人にとって『なんだそんなこと・・・』と言われてしまうようなことだとしても、その人にとっては人生で最大の難関だと感じる場合もあるだろうし、実際それはその人にとって間違いなく『大変な事』で、そういう時に感じる気持ちは皆通ずるものがあると私は思う。

この時、なぜか私は今日初めて会ったイサトさんに、心の内をすべてさらけ出して話したいという感情を持った。何がそうさせるのかはわからなかった。

けれどイサトさんは、それに対してうんうんと無言で頷いた後は、また窓の外を見つめ続けた。

道半ば・・・イサトさんの横顔を見ていたら、漠然とそんな言葉が浮かんできた。
まだ何かがイサトさんの中ではっきりと決まっていない感じ、未完成の作品、決着がついていない出来事。そんなところだろうか。

作品だとしたらあのわかめの絵は、迷いの感情・曖昧な色合いと自身で評価していたが、私はそれすらも何かメッセージのこもったものとして受け止めた。はっきりいうと未完成には見えなかった。(もちろん私が決められることではないけれど)
では出来事だろうか?何か他人の絡んでいる、例えば誰かを待っているようにも見える。 待っているってかめくんの事?いやいや確かに読み終わるのを待っているだろうけど、
私たちは今日知り合ったばかりだし・・・

そこまで考えて、「あ・・・」と私は声に出しそうになって慌ててそれを抑えた。
あの日記、確か暗い内容だとイサトさんが言っていた。あの中にその「大変な事」が、
書かれているとしたら・・・決着がついていない出来事の一部始終が。

ああ~なぜそれに気が付かなかったんだろう・・・私も彫金のモチーフの事で頭がいっぱいになっていたし、暗い内容と言ってもせいぜいイサトさんの、例えば絵を描くときに悩んでいた気持ちや、メモ書きのようなものだろうと都合よく解釈していた。

・・・ということは、かめくんは想像以上に重い内容の日記と向き合っていることになる。
ただでさえかめくんは、他人の感情に共感しやすいのに大丈夫だろうか?

などと考えていたらアトリエの少し開いたドアがグイッと開きかめくんが姿をあらわした。

顔色は少し紅潮し、僅かに焦点も定まっていない!
あらら・・・やはりそうか、と思った。




2019年5月4日土曜日

わかめの日㉒


私は元にいた部屋のダイニングチェアに再び座り、テーブルに置いたままのワカメの資料をもう一度見直した。

しばらくたつとアトリエからイサトさんだけが出てきて、ドアを完全には閉めず、ほんの少しだけ隙間を空けてから、テーブル越しの斜め向かいに座った。

なぜ、ドアを完全に閉めないんだろう・・・
隙間からかめくんが見える、
アトリエの床に座り、本棚の脇に置かれたミニテーブルの上に先ほどの日記を乗せて読んでいた。

イサトさんは、相変わらず穏やかな表情をしているが、僅かに緊張しているようにも見えた。

斜め向かいでテーブルに肘をつき、手に顎を乗せ何となく窓の外を見ている。

私が資料を見るのをやめて、そんなイサトさんの表情に気をとられているのに気付くと、
イサトさんは一瞬私と目を合わせ、再び窓の方に顔を向けると、ついでのように言った。

「大げさかもしれませんが、生きていると不運が予兆もなく、大きなうねりを伴った波のように襲ってくる時がありませんか?いや、予兆はあったのかもしれないが、僕が気が付かなかっただけかもしれない。あのわかめの絵はまさしくそのうねりの中で、自分の心を落ち着かせるために描いたものです。」









2019年4月27日土曜日

わかめの日㉑


「すみません。勝手に、綺麗な表紙で海藻か何かの本だと思って」
「ああ、気にしないで大丈夫だよ、確かに表紙のケルプか何かかな?海藻のデザインが綺麗でしょ、一昔前はそういった重厚な表紙の日記帳が結構売られていたんだけれど、今は機能性かな?あまり見られないね。」
「すみません」
かめくんがいうと微笑んでいたイサトさんは笑って
「いや、本当に気にしないで、むしろそんなの読んでくれても構わないよ。読んで後悔しないのなら、暗い内容だよ」と茶化す様に言った。
「え、いや、そんな・・・」

・・・なんてかめくんは困ったそぶりを見せていたけど、私にはわかる、かめくんは読みたいのだ。一度誰かに興味を持つと、その心の中も覗いてみたくなる、それを誰かにいいふらすなんてことは決してしないけど、とにかく知りたくなるのだ。

私はニヤリと静かに笑って、一人でアトリエを出て元にいた部屋に戻った。