2022年8月15日月曜日

洞窟エントランスのオブジェ②

メールの内容はこうだった。

「廃盤になっていた例のサンドイッチの本がやっと入りましたよ!さっそく何か作ってみます。そして前に言っていたあの洞窟エントランスで食べましょう。」

これを知らない人が読んだら、全く意味が分からないメールだろう。少し説明を加えると、

「例のサンドイッチの本」というのは、かなり昔、今から約40年くらい前に発行された分厚い本だ。その内容は、中世から現代まで、ヨーロッパのみならず全国さまざまな著作物に掲載されている料理を見逃さずに分析し、物語に一瞬登場するものでも、それをサンドイッチと認定しようものなら細かく分析し、オリジナルでレシピとして掲載するというものだ。


その本がなぜ廃盤になったのかは、ホソミさんも詳しくは分からないと言う。こんなにマニアックで興味深い本なのに、人気が出なかったのか、それとも著作権の問題に引っかかったのか、今となっては詳しいことは分からないという話だ。


とにかくその本が、ホソミさんのお気に入りで、以前からその本についての話を聞かされていた。これが「例のサンドイッチの本」の説明


続いて、「洞窟エントランス」の説明だが、私たちの店がある商店街の小高い山を下り、さらに海の方へ進むと、やがて港町にたどり着く。そこに至るまでの多くの土地はまだ開発途中で、広がる平地に小さなスーパーがぽつぽつと点在している。だが、ある平地が少し盛り上がり、丘のようになった場所に、建物だけは出来上がったが、中が未完成の巨大なショッピングモールが異様な雰囲気を放ちながらドンと大きくそびえ立っている。その様子は、まるで暗い要塞のようにも見える。

なんでもそこは開発の段階で経営者同士がもめたらしく、何年も立ったままで放置されているいわくつきの場所なのらしい。


私は行ったことはないのだが、ホソミさんが一度訪れた際、薄暗い入り口があり、まるで洞窟の入り口のように見えたと言う。その後、中に進み、細い道を通ると、やがて吹き抜けの広い場所にたどり着く。そこから見えるのは、未だ開店に至っていないすべての店の薄暗い入り口が、ぐるりと取り囲む光景だ。まるで分岐した洞窟の入り口のようにも見えるため、ホソミさん曰く、洞窟エントランスなのだそうだ。


実際、店には入れないが、そのエントランスは解放されており、誰でも入ることができる。ただ、各店は開発が止まってしまったため、内装も外装も未完成で危険なので、近づくのは禁止されている。しかし、大きなショッピングモールのエントランスを含むその建物自体はできあがっており、そこは安全だと言う。ただし、解放されているのはそのエントランス部分だけで、その他の場所にはブルーシートが貼られ、入ってはいけない場所にはロープが張られている。


そのエントランスが解放されている理由は、市民との折り合いのためだという。もともと景観を壊す大きな建物を建設するにあたって、市民の反対の声が多かった。そこで、樹木や花で彩られた美しいその場所を、イベントや憩いの場として開放することで反対の声を抑え、少しでも市民の抵抗を和らげようとした。経営陣も内輪もめで忙しいのに、市民の抵抗まで加わるのは大変だと考えたのだろう。








2022年8月14日日曜日

洞窟エントランスのオブジェ①

「リリリリリリン♪」

miluzdopの店内にあるパソコンから、軽やかな音でメールのお知らせベルが鳴った。

この独特のタイミング、絶対ホソミさんだと思いメールを開くと、やっぱりそうだった。


ホソミさんはこのポプラ通りにある古本屋の奥さんで、ちなみにホソミは名前ではなく苗字なのだが、私はもうこれを奥さんの名前のように捉えて使ってしまっている。夫婦で営む古本屋は、私たちの店と同じ通り沿いにあるものの、海の見える側とは反対の最端に位置しており、miluzdopとは少し距離がある。


ホソミさん夫婦がこの通りに店を構えたのは今から2年ほど前で、私たちより少し後だった。その際に挨拶に来られた時、ホソミさんが店のドアを開けて入ってこられた様子が、なぜか深く印象に残っている。

伺うようにゆっくりと顔を出し、そして滑らかに開ける仕草。その様子がどこか襖を開ける姿を連想させたのだ。


ホソミさんのたまに見せてくれる笑顔はとっても良い。人に安心感を与える笑顔だと思う。それからホソミさんはとってもマイペースだ。マイペースなのに人に気を遣う。そのギャップが私のホソミさんに対するおおまかな印象だ。


店に来る前には必ず「これから伺います」といった連絡のメールをくれる。頻繁に来るわけではないが、来店時には日常のたわいない話や古本にまつわる話を聞かせてくれるのがいつもの流れだ。

そしていつも後から「迷惑じゃなかったかな?と困ったような笑顔で聞いてくる。それがなんともホソミさんらしい。


私は「全然」と笑顔で首を振り、ホソミさんはふんふんと納得した様子を見せる。この小さなやりとりが、なんだか私には心地よいルーティンとなっているのだ。もちろん、ホソミさんからのメールも含めて。